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東京高等裁判所 昭和29年(く)73号 決定

本籍ならびに住居 横須賀市○○○町○丁目○○番地

少年 店員 木村松夫(仮名) 昭和十年十月一日生

抗告人 母・兄

主文

本件抗告はいづれもこれを棄却する。

理由

抗告人等の本件抗告理由の要旨は

少年木村松夫は昭和二十九年九月一日横浜家庭裁判所において中等少年院に送致する旨の決定の言渡を受けたが、右決定は次の理由により不当である。(1)同裁判所は少年審判規則第二五条第二項に違反し保護者に対する呼出状も通知も発しない審判を開き保護処分決定を言渡し(2)抗告人等は審判に立会うことが許されなかつたので同規則第三〇条に依り保護者として意見を述べる機会を与えられず、保護者としての立会権を不当に侵害され(3)担当家庭裁判所調査官から抗告は無駄であるからやめた方がよい。抗告すればその調査費も大変かかるのであるが、国民の納めた大切な金が無駄になる、国家に損害をかけることが大きいからやめた方がよい、と云われ、不当な審判だから抗告すると云うと抗告に興味があるのか、抗告申立をやめ審判は終つたことだし少年に男らしく少年院行を服従させ更生させるがよいと云われ、抗告権を抑圧され、(4)担当家庭裁判所調査官の調査は公正を欠く調査である。なお昭和二十九年九月一日審判の際保護者が今日来ればお前は家に帰してやつたのにと云つた上少年は云つているが少年からこのことを聞き保護者としての責任が果せなかつたし少年の更生保護を考えると至つて悪結果をもたらしている。少年は恐らく母か兄が何故今日来てくれなかつたのか、来てくれれば少年院に行かなくてもすんだと母や兄を恨んでいるのではないかと思われるので保護の上に困難が生ずる結果となつたと考えられるのである。

以上の理由により少年に対する中等少年院送致決定の取消を求めるため本件抗告に及ぶというにある。

仍て先づ抗告人Yの本件抗告の適否を考えると、少年法第三二条は保護処分決定に対する抗告権者として少年、その法定代理人又は附添人を規定しているに過ぎないのであるが、本件保護事件記録によれば抗告人Yは少年松夫の実兄であることが認められるけれどもその法定代理人又は附添人であることは認められないのである。従つて抗告人Yは同少年の実兄であるというだけでは同法第三二条の規定に依り同少年に対する保護処分決定に対し抗告することができないことが明らかであるから、抗告人Yの本件抗告は不適法のものといわなければならない。

次に抗告人Kの本件抗告理由について考えると、(1)(2)については、少年木村松夫に対する虞犯保護事件記録中の電話報告書(第二三丁)、同少年に対する少年調査記録中の家庭裁判所調査官小林富雄作成の昭和二十九年九月一日附報告書によれば横浜家庭裁判所書記官補大竹英男は同年八月二十八日少年審判規則第一六条の二に依り横須賀警察署防犯係巡査村岡喜則に対し電話で右少年の審判期日が同年九月一日午前十一時と指定されたから、保護者竝に保護司に対し当日横浜家庭裁判所少年審判部第五係に出頭するよう通知していただきたい旨依頼し、同巡査はこれを諒承してそれぞれその旨通知し、保護者である抗告人Kは同年九月一日午前中横浜少年鑑別所に赴き同所職員から既に少年は横浜家庭裁判所に出頭している旨を聞き同鑑別所を立ち去つたのであるが、一方同裁判所少年審判部第五係は電話連絡により抗告人Kが同日同鑑別所を訪れたことを知つたので同日の開廷時刻を午後に遅らせ抗告人Kの出頭を待つたが午後になつても同抗告人の出頭がなかつたので不出頭の儘審判を開始したことを認めることができるのであるから、同抗告人は所論のように審判期日の通知を受けず、又審判に際し保護者として意見を述べる機会を与えられず審判立会権を不当に侵害されたものということはできない。又(3)(4)については所論のように抗告権を抑圧され、家庭裁判所調査官の調査が公正を欠いたことは記録上これを認めるべき資料はなく、却つて前記少年調査記録によればかかる事由の存しなかつたものと認められるのである。なお横浜家庭裁判所は少年木村松夫の境遇、経歴、不良化の経過、心身の状況、家庭竝に保護者の監護能力、非行の態様等により同少年を在宅保護の方法によつては更生させることが不可能であり、相当期間中等少年院において矯正教育を受けさせる必要があると認め同少年に対し中等少年院送致決定をしたものであることは右決定理由の明示しているところであるから、同少年の保護者である抗告人Kが昭和二十九年九月一日の審判期日に出頭していたとしてもそのことだけで同裁判所が同少年に対し在宅保護処分をしたであろうということはできないし、記録に現われている、同少年の境遇、経歴、不良化の経過、心身の状況、家庭竝に保護者の監護能力、非行の態様等から考えると、同少年を中等少年院に送致する旨の原決定は相当であると認められる。しからば抗告人Kの本件抗告理由はいづれも理由がないものである。

仍て抗告人等の本件抗告は少年法第三三条第一項少年審判規則第五〇条に依りいづれもこれを棄却すべきものとし、

主文のとおり決定する。

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穗 判事 山岸薫一)

別紙(原審の保護処分決定)

昭和二七、二八年少第五二三八、五五五六号

送致決定

少年 木村松夫(仮名) 昭和十年十月一日生 職業 店員

本籍 神奈川県○郡○○村字○○ 住居 横須賀市○○○町○の○五

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

罪となる事実

少年は

一、昭和二七年一〇月七日午後一一時三〇分頃横須賀市○○○町○丁目番地不詳朝鮮人金○○に於て河○○○郎に対し同人が着ていたジヤンバーを“一、〇〇〇円で売つて呉れ”と申向け、大声で“金は明日だ”と云ひながら自己のセータを其の場に脱ぎすて、因つて同人を畏怖せしめ同人より絹製ジヤンバー一着(価格二、五〇〇円相当)を喝取した

二、保護者の正当な監督に服しない性癖があり昭和二六年頃よりヒロポン注射を覚え、昭和二七年一二月頃一時中絶するも昭和二八年一〇月頃より再び悪癖が昂じ覚醒剤の中毒症状を呈する様になり遊興費に窮する処より家財を持出し入質遊費する等自己の徳性を害する行為をなしておる

ものである。

適用法令

一、刑法第二四九条

二、少年法第三条第一項第三号

保護処分に付する理由

少年は当庁に於て昭和二六年二月二四日窃盗事件で審判不開始決定、昭和二六年九月四日恐喝事件で関東地方少年保護委員会の保護観察に付される等の非行歴を有しておるものであるが保護観察後に於ける少年の動静は正業を持続することなく徒食、覚醒剤注射、不健全娯楽に耽溺し保護司の遵守事項を全く不履行の生活態度であつた。而も少年はその間本件第一、第二の非行をも犯し、当庁より保護施設たる○○園に補導委託されたが反省自覚乏しき所から数日で同園を逃走し再び放縦惰落の徒遊生活を続け、既に不良環境によつて培われた悪癖は習性化するに至つておる状態である。加うるに保護者たる実母は徒に少年の顏色を窺うのみで何等の監護方針もなく、長兄に於ても長期間に亘る少年の不良行為に唯手を焼いておる現状である。

以上の諸点を考慮するともはや少年を在宅保護の方法で更生を図ることは不可能であると認められるので相当期間中等少年院での矯正教育をまつこととする。依つて少年法第二四条第一項第三号少年院法第二条第三項の規定により主文の通り決定するしだいである。

昭和二九年九月一日

横浜家庭裁判所

裁判官 樋渡源蔵

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